2009年01月13日

初めてづくしの交通事故

考えてみると、今年本厄なんですよね。ワタクシ。
以前から、交通事故にあったという話に触れてきましたが、
もうちょっと具体的に書いておこうと思います。

2009年1月1日
午前中>
年越しをウガンダ東部の観光地ですごし、
シピ滝の周りを散策、コーヒーの生豆を購入、
切り餅を木炭でやいてあんこをつけて食べるなど
正月気分を盛り上げる。

昼過ぎ>
どうせやらないような気がしたけど、
とりあえずやらないといけないと思っていた仕事があったため
シピには一泊で首都カンパラへ戻るべく、
あまのっち、エリツィンと共にタクシーと交渉してムバレへ向かう。

道中、カンパラに帰ったら韓国料理を食べに行こうかとか、
食べ物の話で盛り上がりながら興奮する。

ふと、前を見ると走行中の自転車に車が吸い寄せられるように近づいている
運転手に声をかけたが時既に遅く、車は道路を大きく外れ側道に落下。
(この時のことはよく覚えていないけど、運転手によると3回転したらしい。
しかし、かなり信憑性がない。一回転くらい横転したかも。)

気がついたら周囲の人が群がってきて、とりあえず救援しようとしてくれている。
近くにある保健所に連れて行かれ、応急処置をうける。
この時点で、左手の手首が異様に膨らんでいて、
頭から血が流れ落ちるかなりグロテスクな状況。
ほかの二人もそれぞれ怪我をしている。
エリツィンはかなりの重症で起き上がれず、
あまのっちは割と軽症で健康管理員に連絡を取ってくれたりしている。
私も自分で歩けはしたが、腰が痛いので止血消毒のあとにベッドに横になる。
手首はぬれたタオルで冷やし続ける

それぞれの怪我の処置が終わってから、一番近くにある大きめの病院に移動することに。
近所の人が車を出してくれる。
1−20分で到着するが、指定された病院は休みのためムバレ病院へ、
レントゲンを取ってから診察に向かう。

私も、ちょっと不安だったので左手のレントゲンをとる。

病院では、頭の傷の消毒を受けて、後は近所の隊員の家に収容され、
おいしいおかゆとカレーライスをご馳走になる。
このときも腰は痛いため、ベッドに座りふんぞり返って食事。
かなりな殿様気分。

シップを張ったり、歯磨きを済ませてから就寝。
長い元旦が幕を閉じた。


1月2日

ムバレ病院にずっといるわけにもいかないので
とりあえずカンパラに戻ることに。
ここで、人生初の救急車に乗車!!
日本の救急車の内部とは多分違う感じなんだろうけど、
貴重な経験をさせてもらいました。

救急車を出してもらったからには、寝て帰れると思ったんだけど
ストレッチャーは一台しか入らないということで普通の座席に座って移動。
これはかなり辛かったです。

正直、そんな状況で移動しないといけないくらいなら
もう少し体が楽になるまでムバレに居たかった。
カンパラに着いてからは某Nそね調整員のお宅に収容され
正月におちよさんたちが作っていった料理の残り物をいただく。

1月3日
午前中から外科で診療してもらった後に
Nそねさん宅は夜に飲み会があるということでお隣のOばたさん宅に移動。
振り返ってみると、私は一度も腰の打撲について診療してもらったことはなく、
額の傷の消毒だけだったな。
そんなのなら自分で出来るんですけど・・・。
まぁ、大丈夫だってことなんかね。

夜は、Nそねさん宅に来ていた同期の理数科のみんなと会って、
新年の挨拶を済ます。
本当はその後の麻雀大会に参加したかったけど、
さすがにそれは遠慮してOばた家に帰宅。
ウガンダの麻雀納めとなるはずだったのに。。。返す返すも残念。

ここまで、ほとんど動かずに食っちゃ寝てたため、
だんだん体型が気になりだしたが、とりあえず回復するまでは。
ということで自分を納得させる。


6日に帰国が迫り、自分的にはエコノミーだと厳しいかなと感じていたので
自費でビジネスにアップグレード。
最後になって800ドル程度の大きな出費となったけど
まぁ、大事をとるという意味でもいいかなと。


後は、ムバレにいたときにお世話になったたくさんの方々に
日本食の差し入れを送ったら自分の中ではとりあえずひと段落着くかなというところ。

いやーでも、ほんと、生きててよかった。。。

今は、頭の傷は治りかけています。
(多分、跡は残っちゃいそうな感じだけど。。。)
あとは打撲による腰痛がいつまで続くのか知りたい。
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2008年06月04日

Rwandan tour 4th and 5th day a day trip to Kibungo, go back Home

2008 May 18th 晴れ。

今日は、単独行動で同期隊員スヤマ君の任地Kibungoへ行く日。
そして、一緒に旅行したみんなはウガンダに帰る日。

みんなの出発予定時刻は7時過ぎでかなり早かったのだけど、
なんとなく目が覚めたので一緒に朝ごはんを食べてお見送り。
一人になってみんながいなかったら、
全く別の旅行になってただろうなーなんてちょっとしみじみ考えたりする。

ちょっと部屋でだらだらした後に、スヤマ君との待ち合わせ場所へ。
翌日のウガンダ行きの切符を買っていなかったのだが、買っておく。
(これが後々功を奏す)
バスパークで、出発直前のみんなを送り出した後に
マイクロバスで任地まで。
このマイクロバス、驚いたことにタイムテーブルがある!!
ウガンダでは2−3時間の移動なんて、タイムテーブルがあったり
予約できることなんて稀だが、
ルワンダでは、タイムテーブルがないなんて考えられない!とのこと。
うーん、隣接していても国民性の違いってあるんだねぇ。


任地についたら、スヤマ君の隣人がお家に招待してくれる。
テレビがあったり、かなりきれいな部屋。子供も可愛い。
学校の構内にある静かで落ち着いているお家であります。

ウガンダ隊の鹿やんに頼まれたドラマのデータなどをコピーさせてもらいつつ、
最初で最後のルワンダ現地食(実は、ウガンダ起源ならしいが。)を食べに行っ
たり、
構内を見せてもらったり、割と盛りだくさんで数時間過ごした。

学生食堂での食事風景を外からのぞいたら、プラスチックのたらいに分けられた
主食を
みんなで囲んで手で食べるという、バトルが繰り広げられていた。
黒板に書いてある字が筆記体だったり
(なぜかルワンダ人は筆記体で書くらしい。ウガンダ人の字よりもきれいで読み
やすい。)
工業高校らしく、鉄筋の試作品があったり、教室で製図をしている生徒がいたり
している。

スヤマ君はちゃんと現地語で簡単な会話をしていたりして、
自分とは違うなーと関心。彼は、生徒が使う機材を学校と交渉して購入しても
らったり、
従来の理論重視ではなく、製図や作業中心の講義をしたりと自分なりに工夫して
いい活動してるなーと思った。

キブンゴの街なかでは、声をかけられたり挨拶されたり、
首都とは違う雰囲気でウガンダの田舎の方と似たような感じだった。
やっぱり、田舎に住んでみたかったな。。。と、ちょっと思ったりもして、
ゆっくりしていたい気がしたけど、暗くなる前にキガリに戻りたかったので4時
ごろお暇して帰路に着く。

帰りのマイクロバスは、また予約しないといけないということで、予定時刻の30
分くらい前に乗り場に行き、
キップ係の人とお話しながらバスをまつ。なんと、10年以上ぶりくらいに、剣道
を披露したりして・・・

バスに乗った直後からは、思いがけずハプニングの連続だった。
まず、隣に座った人が、行きも隣に座っていた人だということが判明。
しばらく話していたら帽子をキップ売り場に忘れたことに気がつくが諦めたとこ
ろバイクタクシーがマイクロバスに追いかけて届けてくれる。

そして、何よりもびっくりで割と非常事態だったのは、、、
人生初の脱輪!
脱輪っていわないか、走行中にタイヤが外れたのでした。
なんかぼこぼこ変な音がするなーと思っていたら、
ぽーーーんと。タイヤは軽々と近くの民家まで転がっていった。
で、当然のことながらマイクロバスは停車、30分以上は立ち往生しました。
幸い、隣に座っていた人が英語が話せて状況を説明してくれたけど、
日が暮れ行く中、何が起こってるかもよく分からないまま、しばらくボーっとす
るしかなかった。
まさに「途方に暮れる」ってこんな感じだな!と妙に感心したりもしましたが。
まぁそりゃぁ過ぎたからこそいえることだろうな。

結局、最寄の街から代車を呼んでその車でキガリまで移動するということでなん
とかなったわけだけど、本当に車が姿を現すまでは気が気じゃなかった!
どうやら、ウガンダ隊はルワンダで問題を起こしてしまうことが多く、事務所か
らくれぐれも失礼がないようにと言われていた身としては、一人でいる時にこん
な状況に陥ってしまっているのは困りモノな訳でして、少しでも早くこの状況代
車に乗り込んで走り始めた後にも、乗客たちは運転手は整備確認不足を口々にの
のしって盛り上がったり、他の乗客にとってもなかなか刺激的な出来事だったら
しい。

乗っている車が整備不良で事故!自分の人生初でした。これも前厄の影響か??!
帰国したらお払いしようかな・・・

ちょっとだけキガリに着くのが遅れたものの、何事もなく一人のけが人もなく帰
れたのでよかったと思うべきか。

キガリについてからは、前日に飲めなかったブルボンカフェでカプチーノを飲
み、宿に帰ってゆっくり。
最後の夕食を豪勢に行きたかったけど残高があまりなかったのでホテルの下の
バーでビールとオムレツ。
知らなかったけど、このバーもドラフトビールが飲めることが判明!!ルワンダ
最後のドラフトビールを楽しみました。

夜は一人でフランス語のテレビをつけっぱなしにして聞き入っていたけど・・・
全く内容を把握できず途中で断念。
旅の記録をまとめたり、バスタブにお湯を張ってノンビリつかったりしてから翌
日の長旅に備える。

zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz

2008 May 19th 曇り。

最終日の朝はかなり早く目が覚める。
朝一番で朝食をとってホテルをチェックアウト、歩いてバスパークに向かう。
かなり余裕でパークに到着したが、早くもバスがいてびっくり!
もしかしたら一こ前の便かな???とか不安に思いながら乗客に確かめてみる
と、チケットオフィスで確かめて来いといわれる。
確かに予約した便だったが、どうやら他の便の乗客も振り替えられているらしく
てかなり満員で定時に出発する。

国境を越えるときはかなり気が重かったけど、逃亡するわけにもいかないのでと
りあえずウガンダに帰国。
カンパラには7時過ぎに到着した。

今こうして書いていても、記憶が大分薄れてしまっていることに驚くが、
日記を書いてみて、確かに2週間前はルワンダにいた事を思い出した。
そして、ウガンダに戻った後はしばらく、ウガンダ人が嫌なやつらに思えてしょ
うがなかった。。。
ルワンダに戻りたいとか勝手に思ったりして、まさに現実逃避だっただけだけど。

なんとなく、これが最初で最後の任国外旅行になりそうな予感もするけれど、次
回の息抜きを楽しみにまた活動にはげもーっと。
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今回のレシートや切抜き

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スヤマ君の隣人家族

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実はウガンダ起源のローカル料理

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生徒指導中

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黒板も筆記体!

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人生初の事故

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シングルの部屋

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ドラフトビール!!

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ホテル下のバー
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2008年05月29日

Rwandan tour 3rd day_Kigongolo Genocide memorial, Kigali

2008 May 17th 晴れ。

この日は朝ごはんを早めに済ませてキゴンゴロのジェノサイドサイトへ。
確か、トヨタのセダンだった気がするが、内装が結構きれいで落ち着くタクシー
だった。そのせいもあってか、半分くらいは寝ていた。
タクシーでキゴンゴロに向かう途中、紫色の布がかけられたゲートをいくつか目
撃(写真は撮り忘れ。。。)4月はジェノサイドメモリアル月間だったらしいの
で、その名残かなと後から思うが確認できず。

キゴンゴロのサイト
見た目はのっぺりとした大きい建物が何棟か並んでいて、強制収容所を思わせ
る。館長がいないので、使用人っぽい少年がまず案内してくれた。
殺された人が着ていた物と思われる衣服や、生き埋めにされた場所などをみせて
もらう。
彼はいい人っぽいがいかんせん、言葉が通じない。英語ほぼだめだし、フラ語
も???(これは私に問題があるかも。。。)質問の意味も理解してない様子な
のに「Yes, yes」と答えてしまうので意味が無い。がっくり。

館長が来た後、ジェノサイドで犠牲となった人たちがミイラとして保存されてい
る部屋に案内される。
部屋は全部で15室程度、6畳くらいから12畳くらいの広さで、ベッドの骨組みの
ような(恐らく、通気を良くするため?)木の台の上に乗るだけのミイラが乗せ
られている。
人間のミイラを間近で見るのは初めてだったが、特有の臭いと、それぞれの体か
ら亡くなった時の体勢や表情が伝わってきて、思った以上に見るのが辛い。
何の説明も無く、ただ次から次へと同じような部屋に通されるので、後半の方は
正直もう見たくないという気分にさせられた。
最後に見た部屋には、古くなった棍棒(野球バットくらいの大きさ)が置いてあ
り、そんなもので殴り殺されたら、苦しみが長く続いたんだろうなと想像して恐
ろしくなった。

全部見終わった後に建設中の資料館の中に案内され、募金を求められたが何の案
内もせずに何に使われるかもよく分からないお金を寄付するのはおかしいと思っ
てしまった。私一人で来ていたら払わなかったかもしれないけど、リーダーやっ
さんの提案で7人で5000フラン寄付することにした。
そうすると、館長はあからさまに不機嫌な態度になり、私たちの乗っているタク
シーに乗せろといってきた。ウガンダ人もそうだけど、ある意味助け合いの精神
というか、こっちの人は自分が無償で利用できるものは恥ずかし気なく利用する
なーとある意味感心した。
同じ車に乗ったので、いくつか疑問に思ったことなどを聞いてみた。

Q: それ程広くない場所で、一日に50,000人が殺されたと言う風に説明があっ
たが、その数字が信じられなかった(恐らく、数字はかなりの人が殺されたくら
いの感覚で捕らえる方が正しい気がする。彼らは数字にはめっぽう弱い)。どう
して、あそこにそんなに沢山の人が集まっていたのか?50,000人もいたなら、抵
抗できたんじゃないか?
A: 地域の権力者(Local leader)などが、迫害されていたツチ族の人たちをか
くまってやろうということで召集したために、多くの人が着の身着のまま集まっ
ていた。殺されるのではないかと思っていた人も、権力者からのいわば命令だっ
たので従わざるを得なかった。
と。

それを聞いて、ジェノサイドとは明らかに計画され、政治的に実行された行為
だったんだなぁと感じた。しかしどうも、単一民族の国で生まれた私にはジェノ
サイドの本質を理解することが出来ない。彼らは何故隣人を殺し、隣人に殺され
なければならなかったのか。
答えの見つからない疑問を胸に、ブタレに帰着、昨晩飲み損ねたカプチーノとパ
ンをランチにしてキガリへのバスに乗り込んだ。

ちょうどこの日、ルワンダの隊員が日本祭をキガリ近郊の町で開催しており、そ
の町にもジェノサイドのサイトが保存されていると聞いて行ってみたかったが、
キガリ市内をほとんど見ていなかったので午後はキガリに留まることにした。
まずずっと行ってみたかったルワンダのスタバ、ブルボンカフェへ!お土産(っ
ていうか、自分で飲むための!)のコーヒー豆(500gで2500フラン、 500円くら
い?)を購入し、値段も分からないまま美味しそうなチーズケーキとカプチーノ
を注文した。
おそらく、外国人やごく一部の裕福なルワンダ人しか来ないのだろうが、ウガン
ダにはないゆったりとしたカフェ、眺めもいいしとても落ち着く。ウガンダにも
進出してくれないだろうか・・・?まぁ、無理だろうけど。
しかし、やっぱりここはアフリカ。待てど暮らせどカプチーノが来ない。2回催
促したが全くサーブされる気配が無かったし、お金を取りに来る気配もないので
レジでチーズケーキのお金(2000フラン、400円くらい)だけ払って店をあとに
した。


一応フランス語学習者として、ルワンダで一番大きいという本屋さんを覗き、出
来れば何か購入したかったので土曜の午後ではあるけど淡い期待を抱いてみたも
のの。。。やはり閉まっていた。 ある意味一番の目的でもあったんだけ
ど。。。まぁ言っても仕方ないし、辛うじて開いていた雑貨文房具屋さんで見つ
けたアフリカのフランス語圏向けの雑誌と、ヨーロッパの中高生向けっぽい雑誌
(明星みたいなものか?)を購入した。
(まだ全然読めてないけど、面白そうな記事が結構あるので気が向いたら先々紹
介するかも??!!)

お土産も購入していないのにお店類はほぼ閉まっていて、街は閑散とした状態。
でも、建物がほぼ平屋でシンプルなデザインのため歩いていて落ち着く。チャイ
ニーズ!インディ!とか馬鹿みたいに声掛けてくるセボもいないし、久々に味わ
う街中での静けさを堪能する。


ホテルに荷物を置いた後、一休みしようかとも思ったが、今までの日記をきちん
と書いていなかったし喉が渇いたのでホテルの下のバーに向かう。
先客のちからくんと同席して、白のグラスワインをオーダー。なんだか優雅な土
曜の午後を過ごす。

夜は、みんなと食べる最後の夕食。疲れてるっていうのもあるんでホテルの向か
いのレストランでステーキとビール。
やっぱ、うまいね!びーる!


写真は上から
1 ブタレのホテル、Ibisの朝ごはん。
2 昼ごはんのカプチーノ
3 美味しそうだったちからくんチョイスの昼ごはん
4、5 ルワンダのスタバ、ブルボンカフェ内部
6,7,8 ホテル下のバーにて。明るいうちのワインは格別!
9 ルワンダ的最後の晩餐
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2008年05月28日

Rwandan tour 2nd day_genocide museum, Hotel Mille collines, Butale

2008 May 16th 晴れ後曇り。

二日目はGenocide資料館、ホテルミルコリンズ、ブタレに移動という
割と移動の多い日。

一日目の夜に泊まったホテルは結構内装もきれいで、
ダブルの3人使いで25000フラン(5000円程度)と割とお買い得。
朝ごはんも着いていて、結構美味しい。

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ホテルの部屋。片付けてから撮影すればよかった・・・。

ホテルの前の道を歩いて乗り合いタクシー乗り場まで移動する道も、
メインの道路と側道があって、車が少ない。

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石畳!大きな穴もなし!

ウガンダのように歩道に車が停めてあるなんてこともなく、
すばらしい!!とまたここで好感度アップ。
乗り合いタクシー貸しきり状態で資料館へ。


ここで、ちょっと問題発生。
タクシーのドライバーが5000フランも要求するではないか!!
一人200フランにしても1400フランで済むはず。
彼の言い分によると「お前らは一台を貸しきってここまで来たんだ!」と。
英語が通じず、私のフランス語じゃ全く当てにならないので、
とりあえず周囲の英語が分かる人に間に入ってもらい、
3000フランでかたがついたが・・・。

ルワンダ人はぼったりしないって聞いていたんで、
私たちにも落ち度があったかもしれないけど
乗る前に交渉もせずに目的地についてから法外な額を吹っかけるという姿勢が
結構むっときた。
ルワンダ着から18時間程度経過して初めて好感度が下がる。
(それでもウガンダ比120%くらい。)

Genocide資料館は日本にある原爆資料館、戦争祈念館などを思わせるような
落ち着いたきれいな場所だった。
そして、展示内容も
キニヤルワンダ語(ルワンダの現地語)、フランス語、英語で説明されており
展示の仕方なんかもヨーロッパの美術館みたいだった。
情報は充実しているのだろうが、英語力の問題もあり、理解度50%・・・
もうちょっと事前勉強していけばよかった。

上層部の、政治的な流れというのは説明されていたし分かるような気もしたが、
同じ言葉を話し、外見も違わない、何も無ければ隣人として暮らしていた一般の
人々が
なぜ殺人者と被害者になってしまったのだろう?
民族という概念は私には理解しがたいが、
アフリカの人にとってはかなり重要な要素だ。
もしかしたらウガンダでも同じようなことが起こりうるのかと思うと
ちょっと恐ろしいものがある。

ルワンダの資料に留まらず、ナチス、コソボなど民族迫害に関連した資料も展示
されていたが、
そこにたどり着いた頃にはもう、英語を読むことと展示の内容に疲れ切っていて、
あまり細かく読んだりできなかった。

以前、日本の戦争資料館やドイツにある強制収容所を見学したことがあったが、
半世紀前以上前のことと思うと、どこか「歴史の一部」という気持ちになった。
でも、ジェノサイドは94年。たかだか十数年前で、自分が何をしていたかも覚え
ている。
世界平和への道は、遠く、険しいものなんだろうなぁ・・・。


重い気持ちをちょっと引きずったまま、お昼を食べにミルコリンズへ。
かなり値が張る10000フランのランチは・・・
正直値段に見合うものとは思えなかった。
しかし、ウガンダでは珍しいドラフトビールが!!こいつは嬉しいっすよ。
ドラフトビールが飲めただけでも、いった甲斐があった。
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超久々のドラフトビール!!

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雰囲気満点、味はそこそこのランチ。

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お決まりの記念撮影!  を遠くから撮影。

長距離バスで、ブタレまで移動。
なんと、タイムテーブルがある。(ウガンダでは稀!)
30分ほど待つのでぶらつくことに。
たまたま下着売ってるお店を見てたところ、
後から女性がきて、ブラジャーを服の上から試着しだした。
買う気は無かったんだけど、
そうやって試着しちゃうの??
羞恥心とかない??
って思いながら眺めていたら、お店の人が私(の胸)を見て
「petit」って。聞いてもいないのに。。。
アフリカンと比べたらそうだけどよ、
スポーツブラだし、大きければいいってもんじゃねーでしょ?
と、割とショックを受けた。


何はともあれ、ブタレまで移動して、Hotel Ibisに宿泊、晩御飯もそこで。
夜はギャンブル好きのちから、たか、やっさんあたりを中心に男子部屋でトラン
プして
なんか修学旅行っぽいなーなんて思いながら就寝。

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ロゼワイン。

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ボロネーゼ、というかミートソース
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夜の部屋にて・・・。

明日はもう一つのジェノサイドメモリアルへ。。。
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2008年05月27日

2008 May 15th to 19th Rwanda tour

今回は、自分以外全員18−3次隊、
女性陣 みんこ、ばーば、じゃっじゃ(自分)
男性陣 やっさん、ちから、たか、みわっち (順不同、敬称略、8割偽名)
の7名の旅

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やっさんが作ってくれた旅のしおり。しおりなんて、中学校の修学旅行以来!!


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自分の日記帖。チケットなど、ベタベタ貼り付けるのが好き。


5泊4日のルワンダ旅行、ルワンダは空路と陸路が選べる唯一の旅行先、
今回は、予算も抑えられるし陸路を選択、大型バス;Jaguarにて
カンパラからキガリまで9時間程度のバスの旅!


2008 May 15th 晴れ
ウガンダからルワンダへの移動日

・カンパラからキガリ(Jaguar, dep. am6:00, 15,000Ush)
朝5時に隊員連絡所を出発、スペタクの中で寝ているセボをたたき起こして、
バス乗り場まで連れて行ってもらう。前日何故かあまり眠れなかった私は
(大抵、遠足の前の日は興奮して眠れないタイプ・・・)
頭がくらーっときそうになりながら、とりあえずキガリ行きのバスに乗るまでは
意識を保っていた。


バスの中は何もする事ないし、寝る、食う、トイレ、寝る。。。そんな繰り返し。
※トイレはどうしても我慢できなければ止めてもらえるけど、
 基本的に国境越えの時とウガンダ側ムバララで一回のみ。

普段あまりトイレいかないくせに、バスにずっと乗っていると何故か頻繁に行き
たくなる。
トイレ休憩の旅にしっかり降りてトイレ行って、安心してました。
ところで、国境のトイレはウガンダ側が500シリング、ルワンダ側は300シリング。
もし我慢できるなら、ちょっとお得。

足が浮腫んで(むくんでってこう書くんだ!)、
ゆるゆるの靴がすんなり履けなくなるころに
やっとルワンダの首都、キガリに到着。
JICAオフィスで安全ブリーフィングを受けた後に、
事務所近くのNovotelで優雅にお茶。エクレアうまかった〜。
しかし、このエクレア、1500ルワンダフラン(300円くらい?)、
こっちの賃金レベルを考えるとかなりな高級品!

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Novotelのエクレアとカプチーノ

(後日、カンパラに戻ってから近くにある高級お菓子屋さん行って
エクレアたべてみたけど、やっぱり、お金さえ払えば
どこでも結構なものが食べられるのねって実感。
ちなみに、ウガンダの高級エクレアは3000シリング(230円くらい?))

少し暗くなりかけたところで、乗り合いタクシーで街の中心部へ移動。
(確か、100フランくらい?)
このバスの中、乗客にはあまり英語が通じないことが判明。
つたないフラ語で値段だけ聞いてみる。

私: ”セコンビアン?”
コンダクター: ”????? フラン”
・・・沈黙・・・
私: ”パードン、ムッシュー、セコンビアン?”
コンダクター: ”????? フラン”
・・・・・エンドレス。。。

ダメだ、理解不能。
私は、数字には結構強いんだけど、
英語もフランス語も数字の聞き取りはめっぽう弱い。
結局、英語で聞き返してしまった。
途切れ途切れでもフラ語を勉強した2年間はチリのように飛んで消えてしまった
もよう。。。


気を取り直していよいよ中心部へ。
”1000の丘の街”と言われるキガリの小高い部分に位置してい。ラウンドアバウト
も傾斜のあるところに作られていて、
噴水もあったりして、なんとなくヨーロッパっぽい。。。かも??
歩いている人をみると、やっぱりヨーロッパとは違うけど、なんとなくイタリア
のベローナを思い出す風景かもと思う。
あと、イギリスのエジンバラとか。これらの都市は、旧市街と新市街が河や大通
りで分けられているのだけど、
キガリは中心街と庶民の住む地域が別の丘の上にあって、河こそ無いけど中心街
から見下ろすと
なんとなくどこかに境目があるような気がする。

中心街で驚いたのは、
・バイクタクシーが溜まっている場所が無いこと
・バイクタクシーは乗客もみんなヘルメットをかぶっていること
・車の数が少ないこと
・停車した乗り合いバスに、人が押し寄せてきて我先に乗ろうとすること

そしてなんと、

道路を横断しようとすると、車が停車してくれること!!!

これが一番の驚き。
ルワンダ人の高感度、150%アップ(ウガンダ比)

こんな感じで、一日目は暮れていった。。。


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2008年03月14日

Mbale バイオガス施設見学

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行ってから一週間以上経ってしまいましたが。。。

今回は獣医師の柏崎専門家の出張に同行する形でMbaleに行ったので
とても快適な旅でした。
その上、現地の酪農家とのつながりがきちっとあるので、
施設を見せてもらう際のアレンジもしていただいて
上げ膳据え膳。ってやつです。ええ。(あれ、使い方ちがうかな?)

見学した施設は2箇所、それぞれ違うタイプのもので、
ひとつは前にマサカで見たのとほぼ同じ、中国式と言われるもの、
もうひとつは反応槽に鉄の可動式タンクをかぶせてあるインド式といわれるもの。
本当はチューブ式というのも見せてもらいたかったけど、アポとってなかったか
らダメって。。。
残念ですが、また次の機会に。

詳細は、柏崎専門家のHPに載っているのでそちらを参照くださいませ。
http://homepage.mac.com/yk8/ADC-UG/
(2月18日ムバレバイオガス施設)

インド式のも、反応効率はほぼ同じだし、タンク部分以外の構造もほぼ同じ。
今回の視察で施設の構造は大分分かったし、あとはもうやってみるだけ!ってい
う所まできました。

とはいっても、ココまで来るのに随分かかったなぁ・・・。
自分の仕事のスピードもさることながら、情報収集は時間がかかる。
もっとバリバリやれるようになりたいものです。

今後は、出来ればJICAの隊員支援経費を利用して
隊員の配属先の学校で人糞を使った施設を建設、
うまくいったら援助団体や大使館なんかにプロポーザル出していきたいなーと。
先は長そうだけど、任期中になんとか形にしたいもんです。

ところで、明日(3月15日)は同僚のイントロダクション(結納みたいなもの)。
初ゴメス(ウガンダの民族衣装)着用の予定です!!


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2008年03月10日

Kaliro, Mbale, Kumiバイオガス施設視察の旅

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3月5・6日に以前からちょこちょこと調査をしている
バイオガス施設の見学に行ってきました。
今回は前回見てきたタイプのものと今まで見たことのないタイプと
2つを見ることが出来ました。

柏崎専門家の出張に同行させてもらったんで
マタツを待ったり、人が集まるのを待ったりする必要もなく
ホントに快適な出張。


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2008年02月25日

Workcamp in Kiwangala

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A friend of mine is organizing a work camp in Kiwangala to construct
classroom for children. I was personally interested in the process of
construction, took ten days leave from work and joined the camp.


First of all, Kiwangala is far from town, actually the most country side
I’ve ever been in Uganda. No tap water, no gas cooker … not convenience
at all!
BUT people there were so nice, the environment was good without traffic
jam or mindless drivers, consequence, I had great time there.

Total construction period is about 1 month starting from Feb.3^rd , I
went there twice when they were working on foundation and ring beam.

For the foundation work, Ugandan volunteers from technical college and
one Japanese volunteer were there. 7 Japanese volunteers and some
Ugandan volunteers joined from second week.

I assumed that Ugandan might not work so hard and Japanese volunteers
(university students) would morn and groan to the condition of camp
site. But exceeding my expectation, they were industrial, hard working
and adjustable to the tough situation, work camp had good atmosphere.

I left camp at midterm, but wanted to stay longer if possible…

Working with volunteers changed my negative feeling toward Ugandans so much.

I hope the camp will be closed peacefully, Japanese volunteers go home
with precious memories.

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友人が任地、Kiwangalaで学校建設のワークキャンプをやってます。
個人的に、基礎や梁の建設を見てみたかったので、合計10日間の休みをとって
見学に行ってきました。

Kiwangala というのは、その近所で育った同僚でさえ名前を知らなかったくらい
結構な田舎町。恐らく、私がいったことのある中で一番田舎では?と思われる場所で
水道、ガスなどなく、まぁ不便なところ。
でも、だからこそ、人が素朴で暖かい感じがするし、環境もよくってとても楽し
い時間がすごせました。

ワークキャンプは全体で1ヶ月間、2月3日からスタートで、最初の一週間はウ
ガンダの職業訓練校の学生や卒業生のボランティアたちと、日本人のボランティ
ア1人で、2週目からは日本から7人、ウガンダ人が更に数名加わって合計15
名(くらい?確か・・・)のキャンプ。
行く前にウガンダ人の仕事は適当なんだろうなーとか、日本の大学生は思った以
上の田舎っぷりに不平不満を感じるんじゃないかなぁとか、そんなキャンプをま
とめなきゃいけない友人も大変だと思ってたけど。
いってみたら全然心配することないじゃん!ってくらい皆よく働くし、まじめだ
し、協力隊員でさえあまり馴染まないような環境(特に食生活!)に適応して、
すごいいい雰囲気のキャンプでした。

作業の方はほとんど手伝わず、料理係を数回手伝っただけだった私を受け入れて
くれてちょっと心ぐるしいくらいでしたが、
勉強になったし、楽しかったし、キャンプの途中でカンパラに帰ってくるのが
ちょっと寂しかったです。

基本ウガンダ人嫌いだった気持ちが、ちょっと変わるきっかけになりました。
出会いに感謝。

あと一週間、キャンプが無事に終わりますように!!
posted by おおゆき at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

Deep breath at Mabira Forest

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Mabira Forest Reserve is located 55km east from Kampala,
the place we can visit for a day and escape from bustle of the city.
Also, it is the place where JOCV is working as an environmental educator.
On Jan. 26, 13people Joined eco-tour there and walked around the forest.

I was surprised to know how wonderful it is to be able to walk around
without noise or exhaust gas.

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マビラ森林保護区はカンパラから東に55キロほど行ったところにある
日帰りにはうってつけの場所。
同期の環境教育隊員の活動の場でもあり、
1月26日に13名でエコツアーに参加してきた。

排気ガスも騒音も無い森の中を歩き回るのは
驚くほど気持ちがいい!!
昼ごはんの後のダンスショーはあまりの眠さに寝ていたので
もう一回行って今度はバンバン踊るぞ〜。
posted by おおゆき at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

2007年大晦日ヨサコイ!


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Kabaleから帰ってすぐに、今度は踊りの練習。
一回だけ即席で踊ったけど、全く踊りを覚えていなかったため
周りについていくだけだったヨサコイ。
今回は、きちんと流れに乗って踊るぞ!!っと心に決めて、
一足早くKabaleからKampalaに戻った。

ドミトリーは半分合宿状態で、恐らくヨサコイに出場しなかった人にとっては
えらく迷惑プラス近所迷惑。
でもそんなの構ってられない!(いや、心では申し訳ないと思っていますよ。)
4日間、朝から晩まで音楽がなったら踊りだしてしまう勢いで練習しましたよ。

一、二日目(12月27、28日)、かなりハイキングによる筋肉痛が残ってたので
まずは振りを覚えることに集中。大分間違えずに踊れるように。
その後は続々と加わってくる参加者と一緒に練習したり、
一緒にやる「世界にひとつだけの花」の手話を覚えたり。。。
頭も体も使いっぱなしの状態で、あっという間に本番になっちゃった感じ。

31日はお昼から会場入りした割には、私たちのステージは暗くなった後。
その間、歯磨き粉やメイク道具を駆使して祭化粧。
初めての経験だったけど面白かった!!みんな歌舞伎役者みたいな顔してました。

かなり大規模なステージで、舞台裏にいると国民的大スターの歌手と写真取れたり、
握手できたりですごい。
(私は全く知らないのとあまり興味なかったのでみんなのミーハーぶりを観察してただけ。)

ずいぶん待った割りにステージに経った時間はすごく短かったから、
正直もっと踊りたかった・・・名残惜しくステージから降りてきました。
また機会があったら参加したい!!

元旦や3日にも踊る機会があったけど、やっぱり大勢の観客がいる舞台で
ちょっとずつ気持ちを高めながらみんなで楽しんだ大晦日のステージが
一番気持ちよかったわ〜。

オーガナイズしてくれた皆さんに感謝!!
posted by おおゆき at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月26日

大人の休日A The more you hike, the younger you get!

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消え入りそうな記憶を手繰り寄せて回想録。

大人の休日後半は山。
ずーっとハイキングしてました。
ハイキングは私含めて3人で行ったんだけど
普段から山登りもして森に住んでるMikoさんは私より4つ上。
でも、現地人に言わせると私と同じ年くらいに見えるらしい。
(因みに、最近は他の隊員から
「Jjaja(現地語でお婆さんの意。年配の女性に対する敬称)」
と呼ばれることが増えている)

・・・なんだよぅ。。
とちょっといじけてたら、
"The more you hike, the younger you get!"
(歩けば歩くほど若く見えるよ。)
だって。

でも確かに、この日一番先にへばったのは私。
他の二人はもともと登山する人だってのもあるけど
一番ひどいときは荷物も持ってもらっちゃったし、
日ごろの運動不足を実感してガックリしちまいました。。。

ハイキング、山登りと言えば
小さいころに元ワンダーフォーゲルだった母親に連れられ
嫌々行っていたことしか覚えていないのだけど、
今回は、山歩きの専門で動物・植物のことも詳しいMikoさんのおかげで
今までよりも興味を持って歩くことが出来た。
日ごろ真っ黒な排気ガスの中で生活していることもあって、
竹林や林の中を歩きながら動物の糞を見つけたり、
鳥を探したり。。。
何をもってそう呼んでいるのか分からないけど「マイナスイオン」で癒された気分です。
※言葉どおりに考えるとマイナスイオンって沢山あると思うんだけど、
何イオンをそう呼んでるんでしょう?


兎に角。
今回の旅行で、ウガンダにいる間にMt.Elgon登ろう!と決意。
ココに表明いたします。
ちょっとは若返って帰国できるかな〜。
posted by おおゆき at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月25日

大人の休日@ ひたすら漕いで合計6時間

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すっかり記憶も薄れそうなくらい時間が経ちましたが
とりあえず、昨年末の旅行のこと。

移動手段がカヌーまたはモーターつきのボートのリゾート地。
やっぱりココはアクティブに!ってことでカヌーを選択。
ただひたすらに漕ぎ続けるだけ。。。
私たち二人は疲れたら休みながらだけど、案内人のセボはそうもいかない。
彼はひたすら漕ぎ続ける。それも、私たちよりも大きい櫂で。

最初、「片道2時間」と言われていた工程を少しでも縮めようと試みたが
結局はキッカリ2時間要した。
腕も使うけど、ウエストも絞るこの運動、かなりいいエクササイズよ!

親を連れてきたらダイエットにいいかなぁとか
どうでもいいことを考えてみたりして。。。

2時間もひたすら漕いでいると、とりあえず何でもいいから早く島にたどり着きたくなる。
そんなときに限って雨が!
自分を奮い立たせるために
「帰ったら冷たいビールが待ってる! ビール!ビール!」
と、ただひたすら唸るように言い続けたり。

この日のビールはいつもにも増して美味でした!
ワインも!


・・・これぞ大人の休日だねぇ。
posted by おおゆき at 14:31| Comment(3) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

大人の休日in Kabale

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あけましておめでとうございます。

年末年始のお休みに入ってから、
「大人の休日」と題してウガンダ南西部のリゾート地カバレへ行ってきました。
多分、2007年7月の記事に地図が出てると思います。

ふたを開けてみると大人の休日と言いながら、かなりアクティブな旅行で、
前半はカヌー漕ぎとハイキング、後半は山登り。
更に、旅から戻って大晦日に行われるテレビ局のイベントで踊る
ソーラン節に向けて猛練習と、筋肉痛が付きまとう年末となりました。

でも、今までにはない楽しい年末となって大満足。
旅に誘ってくれたマイコさん、のんびりリズムで笑いを取ってくれるリサ、
よさこいを教えてくれたカワチくん、チナツさん。。。
みんなに感謝!

詳細は後ほど・・・。

1月3日にはウガンダで初の結婚式に参加してきます!
posted by おおゆき at 00:46| Comment(2) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

カバレの場所

Kabale.gifkabale.jpg
ここらへんです。
酪農が盛んで、ホルスタインなどもいるため
まるで北海道。
起伏にとんだ緑豊かな地形は、ウガンダの大部分とはかなり違う景色を見せてくれて
国外旅行した気分になれます。

◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
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posted by おおゆき at 17:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月11日

warm heart of Kabale

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しばらく任地を離れて、Kabaleというルワンダ国境の街に滞在してきました。
(そのうち、カバレの位置もアップします。多分。)
目的は、村落で水・衛生関係の活動をしているNGO訪問。

カンパラでこのNGOの代表者に会ったときは、あまりやる気を感じられなかったので
NGO自体にもそれほど期待せずに理由付けて国内旅行できるればいいかと思っていたけれど。。。

私が間違っていた。
非常にいい活動をしているNGO!
コミュニティーの人たちにも信頼されていて、
その活動の意義が伝わってくるようでした。

訪問は2日間で、
一日目:学生の聞き取り調査に同行
二日目:雨水タンク設置に同行
まぁ、基本的に見ているだけなんだけど、おそらく、
・自分が外国人であるということ(彼らにとって、初めて話す東洋人かも?)、
・エンジニアだと自己紹介していること
から、かなり温かく歓迎されました。
※ウガンダではエンジニアは尊敬されます。特に、職に就いていると。
高給取りというイメージがあるらしい。

一日目の調査は、山間の村落に行き、
雨水を溜めるタンクを設置している学校、家庭の利用状況調査。
女性グループの人たちと各家庭を練り歩き、
タンクを設置する前後での水利用量の変化、管理方法などを聞き取り。
かなり山の中を歩き回って、正直疲れたけどいい経験。
普段、彼らは20キロの水を持ってアップダウンのある山道を歩いてるのかと思うと
村落で生きていくのって厳しいなぁと思わせられる。
私はインタビュアーについていっただけだし、
インタビューすることで彼らに何かプラスになるわけでもないんだけど、
いく家行く家で歓迎され、食事を出してくれたり、こっちにも来て欲しいと呼ばれたり・・・
彼らにとっては特別なイベントのようで、かなりエキサイトしてくれました。
外国人が来たという事実が彼らの誇りになるのであれば、
それはそれで役に立ててるのかもと思うことにしました。

二日目はタンク設置。
型枠と泥でタンクの形を作った後に、セメントを均一の厚さに塗って一週間ほど放置、
セメントが固まった後に、中の泥を取り出して完成。
という行程の型をつくってセメントを塗っていくまでの作業を見学したわけだけども
非常に手際がいいこと、なるべくお金を使わずに現地にあるものを利用しながらタンクを作っていること
感心させられました。
2軒見れたので、自分もやれるような気がしてきました(幻想か???)

ここでだったら自分が役立てることが何かしらあるような気がして、
やっぱり自分には省庁勤めは魅力に欠けるなと再認識。
もうちょっとコミュニティーよりのことが出来るように軌道修正していこうと思いはじめました。
posted by おおゆき at 20:23| Comment(6) | TrackBack(0) | ウガンダ内外旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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